ハイキングの途中で、コーヒー一杯分のお湯を沸かすための、小さなアルコールストーブがあったら楽しい。サンポさんとそんな話をしたのは、お酒を飲んでいる席でのことでした。

そこから、のんびりと時間をかけて進んだものづくり。気が向いたら少し進めて、また考える。数年がかりでようやく形になったのが、『AFTERNOON COFFEE STOVE SET』です。午後にゆっくりコーヒーを飲むための道具が、ゆっくり出来上がった。そう思うと、この製品らしい始まりだった気もします。

製作をお願いしたのは、「Sanpos’ Fun Lite Gear」を手がける佐藤淳さん。僕たちがサンポさんと呼んでいる、アルコールストーブやその周辺の道具をつくる人です。

コーヒー1杯に、手間をかける。

サンポさんは、手を動かすことが好きな人です。ご本人の話では、2010年頃にはすでに活動を始めていたそうです。ULと温故知新を念頭に、なるべく簡単に使える火器や周辺器具を考える。小さな道具の中で、使い方や仕組みを工夫する。その姿勢が、サンポさんのものづくりにはあります。

『AFTERNOON COFFEE STOVE SET』には、アルコールストーブ、ゴトク、風防、燃料用のボトルが入っています。それらが手のひらほどの収納ケースに収まる、小さなセットです。

荷物にこれを加えると、途中でコーヒーを飲む楽しみも一緒に持ち出せる。行き先を考えるときに、どこでひと休みしようかという想像が加わる。僕がつくりたかったのは、そんな道具でした。

コーヒー1杯に、手間をかける。

その小さなセットについて、サンポさんはこんな言葉を寄せてくれました。

「一言で言うとすごく面倒くさかった!けどとても楽しんで作れたストーブセットでした」

この言葉が、僕はとても好きです。手間がかかったことも、難しかったことも、つくっていて楽しかったことも、全部が一緒に入っている。そして製作の過程を知ると、「面倒くさかった」の中身が少しずつ見えてきます。

コーヒー1杯に、手間をかける。

小さな道具は、使う材料が少なく、部品も小さい。見た目からは、つくるのも簡単そうに感じるかもしれません。でも、サンポさんによれば、サイズが小さくなっても、必要な手順や作業は変わりません。むしろ小さくなった分だけ、わずかな違いが、仕上がりの印象を大きく変えてしまうそうです。

サンポさんは以前、原型をつくる仕事もしていました。小さな形を正確につくる難しさを知っているからこそ、頭の中にある寸法を、実際の部品へ落とし込むことにも慎重です。つくれそうだという見通しがあっても、人に使ってもらう製品にするまでには、何度も確かめる必要がありました。

部材がすべて揃う前には、紙の模型で全体のサイズや収まりを検討しています。ストーブだけを小さくしても、ゴトクやボトルがうまく入らなければ、持ち運ぶセットとしてはまとまりません。それぞれが役割を果たしながら、一つのケースに収まる。その関係を、実物に近い大きさで確かめていきました。

コーヒー1杯に、手間をかける。

燃料の容量を考えて、ボトルのサイズも見直しています。試作と検証を重ね、0.5mm単位で寸法を詰めながら、実際の製作の基準になる雛形をつくる。形の収まりと、ストーブとしての働き。その両方を見て、製品へ近づけていきました。

完成したセットを手に取ると、部品が収まっているのは当たり前のように見えます。けれど、その当たり前をつくるまでには、紙の模型も、サイズの変更も、細かな調整もあった。小さくまとまった姿の中に、それまでの判断が収まっているのです。

製作過程を見学したとき、僕も工程の多さと、作業の精密さに驚きました。手のひらに載る道具にも、これだけの仕事がある。完成品を眺めるだけでは気づかなかったことを、目の前で知ることができました。一度にたくさんの数を用意することが難しいのも、この仕事の積み重ねに理由があります。

コーヒー1杯に、手間をかける。

さらにサンポさんは、初めて使う人のことも考えてくれました。

自分では使えても、経験のない人が同じようにお湯を沸かせるだろうか。そう考えて、途中で追加されたのがアルミの風防です。サンポさんがワークショップでもつくっていたものを、このセットにも取り入れてくれました。つくり手の手元を離れたあと、どんなふうに使われるか。その想像が、セットの内容にも反映されています。

説明書にも、サンポさんの好きなものが表れています。イメージしたのは、昔のプラモデルの説明書や、模型雑誌の記事。以前からそうした雰囲気のものを書いてみたかったそうで、説明書の制作も楽しんでくれました。

コーヒー1杯に、手間をかける。

部品の形や役割を知り、組み合わせを理解してから使ってみる。その楽しさは、模型をつくるときの気持ちにも通じるところがあるのだと思います。説明書を読む時間まで含めて、つくり手の興味が伝わってくる。こういうところにも、サンポさんと一緒につくる面白さがあります。

サンポさんは、ワークショップを通じてストーブづくりを伝える活動にも取り組んでいます。RIDGEのアトリエでも、講師に迎える企画を行ってきました。道具を自分でつくると、一つひとつの部品や工程に目が向くようになります。使うときにも、つくったときのことを思い出す。ものづくりを身近に感じる、そんな入り口にもなると思います。

ご本人は、自分のことを「面倒くさがり屋」と言います。だから、なるべく簡単に使えるものをつくりたい。その言葉を聞いたあとに製作の手間を知ると、ちょっとおかしくもあり、よく分かる気もします。使うときの動作を整理するために、つくるときには何度も考え、手を動かす。サンポさんにとっては、その時間も楽しいのでしょう。

コーヒー1杯に、手間をかける。

そして、僕たちは使う側として、この小さな道具との時間を楽しみます。

僕自身、ガスストーブも使います。便利な道具には、何度も助けられています。そのうえで、午後のコーヒーのために、今日はアルコールストーブを持っていこうと選ぶ日があってもいいと思うのです。

道具を取り出して用意し、お湯が沸くのを待ち、コーヒーを飲む。その一連の時間を、ハイキングの楽しみにする。歩きながら見ていた景色を、今度は腰を落ち着けて眺める。休憩のために持ってきた小さなセットが、立ち止まるきっかけをつくってくれます。

コーヒー1杯に、手間をかける。

僕にとって、軽い道具を持つ楽しさは、自分が何をしたいのかを考えることともつながっています。今日は少し歩いて、外でコーヒーを一杯飲みたい。そのくらいの目的でも、出かける理由には十分です。必要なものが小さくまとまっていれば、その楽しみを持ち出しやすくなる。

お酒の席で話していた、小さなストーブの案。それを、紙で確かめ、寸法を詰め、使い方を考え、説明書までつくってくれたサンポさん。つくる人が楽しんだ時間の先に、使う人が楽しむ午後がある。

『AFTERNOON COFFEE STOVE SET』を手に取ったら、コーヒーを飲む予定を一つ、増やしてもらえたらうれしいです。